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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)13296号 判決

原告

松本貴雄

被告

医療法人毅峰会

右代表者理事長

吉田毅

右訴訟代理人弁護士

佛性徳重

主文

一  被告は、原告に対し、一五三万三八四〇円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二二三万八八四〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、深夜勤務の割増賃金、勤続手当、調整手当、賞与に未払があるとして、その支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、平成六年六月二四日に設立された医療法人であり、肩書地において吉田病院を開設している。

原告は、昭和四七年に被告代表者が経営していた吉田外科病院に事務職員として雇用され、その後被告が設立されて右病院が吉田病院として被告経営になるに伴い被告従業員となった者であり、同病院の医事課事務職員として勤務してきた。

2  被告は、平成八年五月一〇日、原告に対し、解雇する旨の意思表示をした(以下「第一解雇」という。)が、原告は、地位保全等を求める仮処分命令申立を行い、同年九月二日、大阪地方裁判所は右申立を認容する決定をした。このため、被告は右解雇を撤回し、原告は平成九年一月一六日から医事課の夜間当直員として復職した。

3  被告は、同年五月一五日、再度原告に対し、解雇する旨の意思表示をし(以下「第二解雇」という)、これに対しても、原告は、地位保全等を求める仮処分命令申立を行い、同年七月一四日、大阪地方裁判所は右申立を認容する決定をした。

原告は、右解雇に対し、地位確認等を求め本案訴訟(大阪地方裁判所平成九年(ワ)第八九三五号)を提起していたが、平成一〇年八月二六日の口頭弁論期日で、被告は原告の請求を認諾した(以下「二六認諾」という)。

右認諾された原告の請求は、被告の従業員たる地位にあることの確認、平成九年七月から平成一〇年八月までの賃金(月額二八万一一七〇円)の支払、四〇日の年次有給休暇取得の権利を有することの確認、深夜勤務の割増賃金、一部未払となっている賃金、賞与、調整手当等合計七一万四八〇五円の支払を求めるというものであった。(〈証拠略〉)

二  本件の争点

原告が、深夜割増賃金、勤続手当、調整手当、賞与の請求権を有するか否か及びその額

三  当事者の主張

1  原告

(一) 深夜勤務の割増賃金 一六万一八四〇円

原告は、平成一〇年九月七日から同年同年(ママ)一一月一五日までの間に、合計二三八時間の深夜(午後一〇時から午前五時まで)勤務を行った。

原告の平成一〇年の所定労働時間は一九一九時間(月平均一五九・九時間)であり、原告の基本給月額は二三万五〇〇〇円であるから、一時間当たりの時間単価は一四七〇円となる。

したがって、深夜勤務の割増賃金は一時間当たり六八〇円を下らない。

二三万五〇〇〇÷一五九・九×〇・五≒七三五(円)

よって、原告は、被告に対し右深夜勤務に対し、一時間当たり六八〇円で算定した割増賃金一六万一八四〇円の支払を求める。

(二) 勤続手当 三万四二〇〇円

原告が、被告の本件認諾により復職したところ、従来支給されてきていた月額一万一四〇〇円の勤続手当が支給されなくなっていた。

よって、原告は、被告に対し、平成一〇年九月から一一月までの三か月分の勤続手当合計三万四二〇〇円の支払を求める。

(三) 調整手当 三九万七八〇〇円

原告が第一解雇された平成八年五月まで、原告には調整手当として毎月二万四〇〇〇円が支給されてきた。

ところが、同年六月から調整手当は全額支給されなくなっていたが、被告は二六認諾により、同月から平成九年五月までの一二か月分二八万八〇〇〇円の調整手当の支払義務を認めた。

しかるに、被告は、なおも同年六月分から平成一〇年八月までの調整手当を支払わず、同年九月から一一月までは一万一四〇〇円の(ママ)減額して支給した。

よって、原告は、被告に対し、未払調整手当として、平成九年六月から平成一〇年八月までの一五か月分合計三六万円及び平成一〇年九月から同年一一月の三か月分の既払額との差額合計三万七八〇〇円、以上合計三九万七八〇〇円の支払を求める(ママ)

(四) 賞与 一六四万五〇〇〇円

(1) 被告では、夏季冬季の年二回賞与が支給されるが、被告は、原告採用時、口頭で、基本給の五か月分(夏季二か月分、冬季三か月分)を基本として、これに査定額を加算して支給する旨約した。

しかるに、被告は、原告に対してのみ平成九年度以降の賞与を支払わない。

平成九年度及び一〇年度の原告の基本給は二三万五〇〇〇円であるから、原告は、平成九年夏季及び冬季の賞与として基本給の五か月分一一七万五〇〇〇円ならびに平成一〇年夏季賞与として基本給の二か月分四七万円の支給を受ける権利を有する。

よって、原告は、被告に対し、平成九年夏季及び冬季の賞与、平成一〇年夏季賞与として、以上合計一六四万五〇〇〇円の支払を求める。

(2) 原告は、右賞与の支給日には在籍していた。

原告が、ビラを配布した事実はあるが、その文面については被告に対し、事前に異議がないか上申したうえ、警察の許可を得て戸別郵便受けに配布したもので、病室や外来の患者に手渡すなどしたことはない。

原告は、被告が主張するように、平成九年の復職交渉に際し、被告代表者の謝罪等を求めたことはなく、それらを要求したのは原告が所属していた労働組合である。

原告は、就労を拒否したことはなく、被告が原告の就労を拒否したものである。

また、業務命令違反と非難されるような行為もしていない。

2  被告

(一) 深夜勤務の割増賃金

(1) 原告は他の従業員より少ない勤務時間となっており、割増賃金支給対象とならない。

原告の夜間当直勤務は、原告の復職のために新設したものであること、勤務時間も平成一〇年九月七日より午後九時から午前八時までとさらに短縮していること、基本給を減額していないことなどからして、割増賃金を支払わないことには合理性がある。

(2) 原告の深夜勤務に対する割増賃金は、基本給に含まれている。

すなわち、原告の一週間の深夜勤務の時間合計は二六時間であり、一か月(四週間)では一〇四時間となるところ、基本給は二三万五〇〇〇円であるから、次の算式により割増賃金の時間単価は次の算式により六七一円となる。

二三万五〇〇〇÷一七五(従業員の一か月の所定労働時間)×〇・五≒六七一(円)

よって、原告の一か月の深夜勤務の割増賃金は六万九七八四円(六七一×一〇四)となり基本給のうちこの部分は割増賃金であり、これを除いた一六万五二一六円が本来の基本給である。

もともと、夜間当直勤務は原告のために新設した部署であり、原告の復職に当たり、原告所属の労働組合との間で、その基本給には割増賃金を含む旨合意した。

(二) 勤続手当

被告では、平成一〇年四月、給与体系を見直し、勤続手当については担当部署によって格差を設けることはよくないとの理由で廃止し、従前からの従業員の勤続手当を調整手当に振り替える措置を採った。

被告は、従前原告に支給してきた勤続手当と同額の賃金を調整手当として支給している。

(三) 調整手当

被告が原告に支給してきた調整手当は、原告が管理職にあったことから当時支給していた手当を、医事課勤務となった後も調整手当と名目を変えて恩恵的に支給してきたに過ぎない。

(四) 賞与

(1) 賞与について、原告が主張するような合意をしたことはない。

被告が支給する賞与は、支給日に在籍する者に対し、被告の業績や従業員の職種、勤務成績、勤務態度等を総合し、査定によって支給するものである。

(2) 被告が、原告の賞与を不支給としたのは以下のような事情によるものであって、正当な理由がある。

原告は、賞与支給日に在籍していなかった。

原告は、平成九年九月六日ころ、病院を誹謗するビラを患者、地域住民に配布し、被告の営業上の利益を著しく害した。

また、被告は、第二解雇後に対する仮処分決定後、右決定に従って、原告を復職についての交渉をしていたが、原告は復職について、被告代表者の謝罪や病院の不正請求に対する正常化等を求め、これを復職の条件とする態度に固執した。これは、原告自ら就労を拒否したに等しく、被告は原告の勤務成績を査定できなかった。

さらに、原告の勤務態度は、担当業務の範囲を超えて患者の措置判断にも干渉し上司の再三の注意にも耳を傾けずに反抗的態度に終始するなどしており、業務命令違反というべきである。

第三当裁判所の判断

一  深夜勤務の割増賃金について

(一)  被告は、原告の深夜労働に対する割増賃金を支給しない根拠として、原告の勤務時間が他の従業員より少ないこと、平成一〇年九月以降さらに短縮していること、原告の勤務は原告復職のために新設したものであること、基本給を減額していないことなどを主張するが、割増賃金の支払義務は、強行法規である労働基準法三七条三項によるものであり、被告が主張する右の各事情は、深夜勤務に割増賃金を支給しないことを合理化できるものではなく、いずれも主張自体失当である。

また、被告は原告の基本給の中には、割増賃金が含まれており、そのような支給方法とすることを原告所属の労働組合との間で合意したとも主張するが、それは結局、原告の基本給を減額させる合意であるところ、被告と原告あるいは原告所属の労働組合との間でそのような合意がなされたと認めるに足る証拠はない。

よって、被告には、少なくとも労働基準法が規定する水準を下回らない深夜勤務に対する割増賃金支払義務があるというべきである。

(二)  そこで、検討するに、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 平成一〇年九月から一一月ころにおける原告の一週間の勤務形態は次のとおりであった(なお、以下で深夜勤務というは(ママ)午後一〇時から午前五時までの時間帯における勤務時間である)。

月曜日午後九時から翌日火曜日の午前八時まで勤務(深夜勤務八時間)

水曜日午後九時から翌日木曜日の午前八時まで勤務(深夜勤務八時間)

金曜日午後九時から翌日土曜日の午前八時まで勤務(深夜勤務八時間)

土曜日午後六時から同日午後一二時まで(深夜勤務二時間)

原告が同年九月七日から同年一一月一五日までの間に、勤務した時間のうち深夜勤務に該当する時間の合計は二三八時間であった。

(2) 吉田病院の給与規程(以下「給与規程」という。)は、深夜の時間外労働(午後一〇時から午前六時まで)の手当については労働基準法所定の賃金計算に準ずるものとする(算式は「一時間単価(時間給)×〇・五倍加算」)旨規定している(給与規程第三章時間外手当・休日手当第一条二項)が、右一時間単価の算定根拠となる規定はない。

他方、吉田病院の就業規則(以下「就業規則」という。)は、日曜日、国民の祝祭日、夏期休暇(二日)、年末年始(一二月三一日から一月三日までの四日)、特に病院が指定した日を従業員の休日と規定しており、このこと及び前記勤務形態からして、原告の平成一〇年の所定労働時間が、年間合計一九一九時間を上回ることはない。

また、就業規則(第五章給与及び退職金第一条一項)は、従業員の給与は、基本給、皆勤手当、資格及び諸手当からなると規定しているところ、原告の右期間の基本給は二三万五四〇〇円であった。

(三)  右認定事実をもとに、労働基準法施行規則一九条四号によって原告の割増賃金算定の基礎となる一時間当たりの賃金の時間単価を算定すると、次の算式によりその金額は少なくとも一四六九円を下らない。

(一年間における一月平均所定労働時間数)

一九一九÷一二≒一五九・九

(一時間当たりの賃金の時間単価)

二三万五〇〇〇÷一五九・九≒一四六九・七(円)

したがって、その五割に相当する一時間当たりの割増賃金が六八〇円を下ることはない。

よって、一時間当たり六八〇円を基準に算定した深夜勤務二三八時間に対する割増賃金の支払を求める原告の請求は理由がある。

二  勤続手当及び調整手当について

(一)  証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、事務次長の職に就いていたが、平成四年事務長の病院運営方針を不満として右役職を辞任したこと、右役職辞任後はそれまで役職手当として支給されていた二万八八〇〇円が支給されなくなり、これに変(ママ)わって特別手当二万円が支給されるようになったこと、その後、この特別手当は調整手当となり増額されていって、平成八年ころには二万四〇〇〇円となったこと、被告は同年六月から調整手当を支給しなくなったこと、被告は、平成八年六月分から平成九年五月分までの調整手当の支払を含む原告の請求を認諾したこと(二六認諾)、しかるに、被告は、同年六月分以降の調整手当を支給しなかったこと、他方、被告では従業員の勤続年数に応じて勤続手当を支給していたが、平成一〇年に単に勤続年数の長短で支給する勤続手当には合理性がないとして勤続手当を打ち切ることとし、既に受給していた従業員に対しては調整手当に振り替えて従前と同額を支給することとしたこと、二六認諾により原告は平成一〇年九月から復職することになったが、同月以後に支給された賃金には従前支給されていた勤続手当一万一四〇〇円がなくなっており、調整手当として右同額が支給されるようになったことが認められる。

(二)  右認定事実によって判断する。

被告は、原告に対して調整手当は、役職手当に変(ママ)わって恩恵的に支給したに過ぎないと主張するが、調整手当支給の趣旨について、原被告間に恩恵的な支給であるとの合意や確認がなされたことを認めるに足る証拠はない。

これに関して、被告の事務長である野地は、証人として、調整手当は被告に対する貢献度によって変動するものであって固定給ではないと供述しているが、他方で、これまでは固定的に支払われてきたとも述べており、原告に関する限り、被告が第一解雇の意思表示をする以前に、調整手当が月々によって変動したとか査定によって減額支給されたとかした事情は認められず、調整手当が固定給ではないという証人野地の右供述は採用できない。

調整手当や勤続手当は、原告に対し、過去長期間にわたり給与の一部として支給されてきており、これらは労務の対価である賃金の一部であったというべきであり、このことは、原被告間の労働契約内容となっていたものと解される。

したがって、これを、被告が、原告の個別の同意もないのに一方的に削除したり、減額したりすることは許されることではない。

被告は、平成一〇年九月以降の勤続手当は調整手当に振り替えて支給していると主張するが、他方で、被告は従前原告に支給してきた調整手当を平成九年六月以降支給していないのであるから、結局、調整手当に関しては、平成九年六月分から平成一〇年八月分までの一五か月分の全額三六万円と、同年九月分から一一月分までの三か月分う(ママ)ち月額一万一四〇〇円を控除した一部合計三万七八〇〇円が未払であり、勤続手当は同年九月以降の合計三万四二〇〇円が全額未払というべきである。

よって、これらの支払を求める原告の請求は理由がある。

三  賞与について

1  賞与請求権の有無

(一) 賞与について、原告は、陳述書(〈証拠略〉)において、被告に採用されるに当たって、当時の事務長から、口頭で、通常勤務者に対する夏季賞与は基本給の二か月分、冬季賞与はその三か月分を基本とし、これにプラスアルファを加算して支給する旨聞かされていたと記載しているのに対し、証人野地は、被告の賞与は職種や勤務態度の査定によって支給額が決定される旨供述すると共に、陳述書(〈証拠略〉)にもこれを(ママ)同旨を記載している。

(二) ところで、証拠(〈証拠略〉)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 給与規程には、第二章賞与第一条「賞与は、通常年二回とし夏季賞与は七月、冬季賞与は一二月とし、変更がある場合には前もって報告いたします」、第二二条「一 夏季賞与の対象期間は、前年一一月一六日から本年五月一五日までとする。二 冬季賞与の対象期間は、本年五月一六日から一一月一五日までとする。三 途中入社の場合(勤務一年に満たない場合)には、これに対応しないものとする」との規定があるが、支給額やその算定基準、算定方法に関する定めはない。

(2) 原告に支給されてきた賞与及び基本給に対する比率は、証拠上判明している限りで次のとおりである。

〈1〉昭和五一年(当時の基本給は一〇万五六〇〇円)

夏季二三万五〇八〇円(二・二倍)、冬季三八万一〇〇〇円(三・六倍)

〈2〉昭和五六年(当時の基本給は一五万三四〇〇円)

夏季三五万九〇〇〇円(二・三倍)、冬季五五万〇二〇〇円(三・六倍)

〈3〉昭和六一年(当時の基本給は一五万九八〇〇円)

夏季三七万五二〇〇円(二・三倍)、冬季五六万八〇〇〇円(三・六倍)

〈4〉平成元年(当時の基本給は一六万一五〇〇円)

夏季三九万〇〇〇〇円(二・四倍)、冬季五八万〇〇〇〇円(三・六倍)

〈5〉平成二年(当時の基本給は一六万六五〇〇円)

夏季三九万二〇〇〇円(二・六倍)、冬季五八万五〇〇〇円(三・五倍)

〈6〉平成三年(当時の基本給は一六万六五〇〇円)

夏季四三万〇〇〇〇円(二・六倍)、冬季六〇万〇〇〇〇円(三・六倍)

〈7〉平成四年(当時の基本給は二一万五〇〇〇円)

夏季三七万〇〇〇〇円(一・七倍)、冬季六三万〇〇〇〇円(二・九倍)

〈8〉平成五年(当時の基本給は二二万三〇〇〇円)

夏季四八万〇〇〇〇円(二・二倍)、冬季六五万〇〇〇〇円(二・九倍)

〈9〉平成六年(当時の基本給は二三万二〇〇〇円)

夏季五〇万〇〇〇〇円(二・二倍)、冬季六六万五〇〇〇円(二・九倍)

〈10〉平成七年(当時の基本給は二三万五〇〇〇円)

夏季五二万〇〇〇〇円(二・二倍)、冬季六七万〇〇〇〇円(二・九倍)

〈11〉平成八年(当時の基本給は二三万五〇〇〇円)

夏季三六万〇〇〇〇円(一・五倍)、冬季四五万〇〇〇〇円(一・九倍)

ただし、平成八年については、原告は夏季冬季合計九〇万円の賞与の支給約定があったと主張して、第二解雇に対する本案訴訟において差額九万円の支払を請求し、被告はこれを認諾している(二六認諾)。

(3) 被告では、これまでも賞与の対象期間に長期休職がある場合は、賞与の支給が全くないか、支給されても大幅に減額されるという例はあった。

(三) 右認定事実によって検討するに、就業規則上は賞与の支給額やその算定基準、算定方法の規定はないものの、原告に対する賞与の支給状況をみると、平成三年までは夏季賞与につき基本給の二か月分、冬季賞与につき基本給の三か月分という原告主張の支給基準を下回らない額が支給されてきているし、その後も平成七年までは、若干これを下回ることはあるにしても概ね同水準の支給がなされてきており(なお、平成八年は、結局九〇万円の賞与が支給されたことになるが、弁論の全趣旨によれば、これは、原告が仮処分で認容された月額一八万円の仮払賃金を基準にその五か月分を本案訴訟で請求し、被告がこれを認諾したという事情によるものと認められる)、このような支給の実情からして原告が採用時に当時の事務長から説明を受けたという支給基準というものがあながち根拠のないものともいい難い。

他方、原告に対する賞与は原告主張の支給基準による支給額が常に確保されてきたわけではなく、他にも対象期間に長期休業がある従業員に対しては無支給とする取扱いもなされていること(原告自身も、平成四年の賞与が低率支給となったことについて、入院による休職や事務次長辞退などに対する査定によるものであろうと主張して、減額査定のあることを認めている。)などからすると、原告主張の支給基準による支給額が保証されているとまでは認められない(したがって、原告の陳述書中、賞与は年間を通じて基本給の五か月分を下ることがないかのように説明を受けたという記載部分は採用できない)。

以上によれば、被告では、夏季賞与につき基本給の二か月分、冬季賞与につき基本給の三か月分という算定方法で算出した額を基準とするが、対象期間の勤務状況や実績等を査定して右基準額を加減し、具体的な支給額を決定しているものというべきであり、このような支給額の算定方法は原告雇用時における被告事務長の説明やその後の長期間にわたる運用の実情を通じて原被告間の雇用契約内容となっていたと解される。

右のような支給額の算定方法に照らすと、賞与は、被告の単なる恩恵的な給付に留まらず、報奨的性質等を併せ有するとしても、基本的には対象期間の勤務に対する賃金の一部というべきであって、被告が正当な理由もなく右基準額を減額したり不支給とすることは許されることではなく、そのような場合には、原告は右基準額に相当する賞与の支払を求めることができるものと解される。

2  賞与不支給事由の有無

(一) そこで、原告の平成九年夏季、冬季及び平成一〇年夏季の賞与について、被告が不支給としたことに正当な理由があると認められるかであるが、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

第二解雇は、原告が、大阪府福祉部社会保険管理課医療係に対し、吉田病院では患者らに対する手技料の不正請求等が行われているなどと内部告発したことに端を発したものであったが、平成九年七月一四日に原告の地位を保全し、賃金仮払を命じる旨の仮処分決定がなされたことから、原被告間では、以後、原告の復職に向けての話し合いが持たれた。しかるに、原告は、復職に当たって病院の謝罪や、病院が合法的な運営で地域医療に貢献努力することの約定等を求めるなどしたため話し合いは決裂した。

原告は地位確認等の本案訴訟を提起し、平成一〇年八月二六日の口頭弁論期日において、被告は原告の請求を認諾したが、それまで解雇を撤回することはなかった。

なお、この間、平成九年九月ころ、原告は、匿名で「病院のモラル正した労働者を「反抗的だ」「協調性がない」と解雇」と題したビラ(〈証拠略〉)を作成し、吉田病院周辺住民宅へ配布したが、右ビラには、吉田病院では、患者に対し手技料の不正請求をしている等が記載されていた。

(二) 右認定事実によって判断するに、

(1) まず、被告は、原告が賞与支給日に在籍しなかったことを不支給の理由としているが、支給日在籍が支給要件であることを認めるに足る証拠はないし、仮にこれが支給要件であったとしても、被告は、右認定のとおり、第二解雇に対する地位確認等の訴訟において原告の請求を認諾しており、右認諾に当たっては第二解雇の無効ないし撤回が当然に前提とされていたものと解され、そうすると、原告は、支給日には在籍していたことになるから、支給日不在籍は賞与不支給の理由とならない。

(2) 次に、被告は、第二解雇後の復職交渉で原告が被告代表者の謝罪等に固執して就労拒否したことから査定不能となった等と主張し、これを賞与不支給の理由としているところ、確かに、右認定のとおり、原告復職に関する話し合いが決裂したのは、原告が被告代表者の謝罪等を要求する態度に固執したためと認められるが、それ以前の問題として、被告は右認諾時までは解雇の有効性を主張して原告の従業員としての地位を否定し続けていたのであるから、原告の復職が実現しなかった根本の原因は、解雇を理由とする被告の原告に対する就労拒否にあるというべきである。

したがって、この間の原告の不就労をとらえて査定不能とし、これを賞与不支給の理由とすることは相当でない。

(3) さらに、被告は、原告の勤務態度が、担当業務を逸脱し、また、反抗的であるなどとして業務命令違反に相当するとも主張するが、これを認めるに足る証拠はない(被告が証拠として提出している連絡ノートや業務日誌(〈証拠略〉)には、原告と野地事務長との軋轢等が記載された部分があるが、これらに記載されているのは二六認諾により原告が復職した平成一〇年九月以降の原告の勤務状況であり、本訴請求にかかる賞与の対象期間外のことであって、これを右賞与不支給の理由とすることはできない)。

(4) 以上に対し、原告が、平成九年九月ころ、前記ビラを配布したことについては、明らかに従業員としての立場を逸脱したもので、被告の業務妨害行為にも該当するものというべきである。原告が、監督官庁に対して被告の不正を糾弾することはともかくとして、被告に不正行為があるとしてこれを付近住民等に流布することはなんら従業員としての正当な行為とはいえず、その必要性もないことであるし、前記ビラの記載内容は、被告の信用を害し、病院経営に悪影響を及ぼすことも明らかであって、被告からすれば許し難い背信行為というべきであり、懲戒事由ともなし得るものというべきである。

被告が、これを賞与の査定において考慮することを不当とする理由はない。

そうすると、これを理由に、被告が原告の賞与を不支給にしたことには正当な理由があると認められるが、それは、右のビラ配付(ママ)行為がなされた時期を対象期間とする平成九年冬季の賞与に限られるものというべきである。

3  以上によれば、被告が原告の平成九年夏季及び平成一〇年夏季の賞与を不支給としたことには何ら正当な理由を認めることはできないので、これらについてそれぞれ基本給二三万五〇〇〇円の二か月分の支払を求める原告の請求は理由があるが、平成九年冬季賞与を不支給とした査定には正当な理由があると認められるので、その支払いを求める原告の請求は理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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